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AI Deep Dive【34】「止まる前に気づく力」 AIが導く異常予兆検知の最前線

2025.12.02

ネットワークや製造ライン、クラウド基盤など、社会インフラを支えるシステムの運用現場では、「障害が起きてから対応する」事後型運用から、「兆候を検知して未然に防ぐ」予兆型運用への転換が進んでいます。

この変革を支えているのが、AIによる異常予兆検知技術です。

かつては「異常を検出する」ことがゴールでしたが、今では「どんな異常が、いつ起きそうか」を推定することが可能になり、運用の在り方そのものが進化しつつあります。

なぜ今、異常予兆検知なのか

運用現場では、以下のような課題が顕著になっています。

  • 複雑化するネットワークやシステム構成により、障害の因果関係を特定しづらい
  • 運用者の経験・スキルに依存しやすく、引き継ぎ時に品質が低下する
  • 24時間対応が求められる一方で、人員リソースは限られている

こうした背景から、「止まる前に気づく」技術が求められるようになり、AIによる自動検知・予測・分析が実用段階に入っています。

進化する異常予兆検知アルゴリズム

異常検知は統計的なしきい値監視から始まりましたが、今ではAI・機械学習が中心的役割を担っています。

特に近年のアルゴリズム進化は著しく、予兆検知の精度と信頼性を飛躍的に高めています。

■ 異常検知技術はどう進化してきたのか

異常検知の歴史を振り返ると、技術は扱えるデータの複雑さに応じて段階的に進化してきました。

  • 2000年代:統計モデルの時代
    Z
    スコアやARIMAに代表される統計的手法が主流で、しきい値監視を前提とした比較的シンプルな異常検知が中心でした。
  • 2010年代:機械学習の時代
    SVM
    IsolationForestなどが登場し、正常と異常を分類する学習型手法が広がりました。
  • 2015年以降:ディープラーニングの台頭
    AutoEncoder
    LSTMなどにより、特徴量設計を行わなくてもデータ自身が特徴を学ぶ異常検知が実現。予兆検知の実用化が一気に進んだのもこの頃です。
  • 2020年代:構造・関係性の理解へ(GNN)
    ネットワーク構造やシステム間の依存関係をそのまま理解できるグラフニューラルネットワーク(GNN)が登場。「影響がどこに波及するか」を把握できるようになっています。
  • 現在:時系列×多変量の総合理解(Transformer)
    長期依存関係、複数指標の相関、周期性のゆらぎなど、これまでの手法では同時に扱いきれなかった情報を統合的に解釈できるようになり、予兆検知の精度も新たなステージに入っています。

こうした流れを見ると、データを個別に見る時代から関係性・流れを理解する時代へ大きくシフトしてきたことがわかります。

 そして、これらの発展の上に、現在実運用でも注目されている代表的な手法が次の4種類です。

■ 現在主流となっている代表的な手法

(1) AutoEncoder系:微小な異常を再構成誤差で見抜く

正常データの特徴を自己符号化器(AutoEncoder)が学習し、再現できないパターンを「異常」とみなす手法です。CPU使用率やメモリ使用量の緩やかな上昇など、静かな変化も高感度で検知可能となっています。

(2) LSTM・時系列予測系:未来を予測して異常を先取り

長短期記憶ネットワーク(LSTM)は、データの時間的依存関係を学習し、数時間後にどの項目が異常化しそうかを予測できます。サーバ負荷や通信トラフィックの傾向分析で有効です。

(3) グラフニューラルネットワーク(GNN):連鎖異常を構造的にとらる

複数機器の関連性をグラフ構造で表現し、影響が連鎖する異常をネットワーク全体として把握します。どのノードの異常が全体に波及しているのかを可視化できます。

(4) Transformer系:長期依存と多変量相関を統合的に解析

2024年以降、異常予兆検知の研究は、より複雑な関係性を扱えるTransformer系アーキテクチャへと移行しつつあります。この技術は、従来のLSTMAutoEncoderでは難しかった「長期的な時系列変化」と「複数指標間の相関関係」を同時に学習できる点が特長です。

具体的には、数百ステップ先まで続く緩やかな傾向変化や、CPU負荷・メモリ使用率・温度・トラフィックといった複数の指標がどのように連動して異常に至るかを高精度にとらえることが期待されています。

さらに最近では、物理的・運用的な知識(装置の周期性や同期性など)をAIの学習に取り込む手法も進みつつあり、単なる統計的異常検知を超えて、現場の実態に即した予兆検知へと進化していくことでしょう。

実運用での活用シーン

AIによる異常予兆検知は、既に多様な現場で実用化が進んでいます。

分野 予兆検知の活用例 効果
ネットワーク運用 ルータやスイッチのリソース変動等から異常を予測 障害発生率を大幅に低減
製造ライン 振動・温度センサの変化から機械劣化を検出 設備停止時間の短縮
データセンタ 消費電力や温度の偏りを解析 過負荷による停止リスクの抑制
金融システム トランザクション異常を時系列で分析 不正や障害の早期発見

いずれも、止まる前に気づくことが業務効率と信頼性の両立につながっています。

現場が直面する課題とその突破口

AI導入には以下のような課題があります。

課題 内容 解決の方向性
データ不均衡 異常サンプルが極端に少なく、学習が偏る 正常データのみで学習可能な教師なし学習/生成モデル
モデルの老朽化 環境変化でモデル精度が低下

(コンセプトドリフト)
オンライン学習・自動再学習導入
誤検知の多発 AIが頻繁に誤警報を出し、現場が混乱する Human-in-the-Loop設計による段階的自動化
説明性の欠如 なぜ異常と判断したのかが不明瞭 説明可能AI(XAI)で判断根拠を可視化し、信頼性を向上

AIは魔法の箱ではなく、データ品質と人の知見の両輪で進化します。「人が理解できるAI」「現場が使いこなせるAI」が今後の鍵です。

今後の展望

私自身、異常予兆検知の業務に携わる中で、今後は次のような方向に進むと考えています。

  • AIが予兆を示すだけでなく、なぜそうなるのかまで説明できるようになる
    例えば、「このスイッチのCPU変動は、上流装置の設定変更に起因している」というような因果の提示です。
  • システム全体を俯瞰した総合予兆管理が当たり前になる
    ネットワーク・サーバ・アプリ・ユーザ行動のログが統合され、単一機器ではなくサービス全体の予兆が検知される未来が近づいています。
  • 人とAIの役割分担が明確化し、運用はより戦略的な仕事になる
    AIが膨大なアラートやログの一次判断を担い、人は「本当に重要な判断」と「改善の方向性」に集中する。そんな働き方が実現されるのではないかと考えています。
  • 予兆検知が攻めの機能になる
    障害を未然に防ぐだけでなく、需要変動の予測自動で最適化(スケールアウト/イン)
    といった先回りの運用へ活用が広がっていくことが考えられます。

おわりに

AIによる異常予兆検知は、単に障害を防ぐ技術ではなく、社会インフラを止まらない状態で維持するための基盤技術です。

未来の運用現場では、AIが異常の「ささやき」をとらえ、人がその意味を理解し、両者が協調して動く、そんな「安心して動き続ける社会」が実現されていくでしょう。

執筆者

坂本 光洋(さかもと みつひろ)

NTTアドバンステクノロジ株式会社
アプリケーション・ビジネス本部 AIストラテジビジネス部門

入社以来、ネットワーク系評価用ソフトウェア開発、ネットワークシステム相互接続性検証、API-GWシステム検証、各種データ分析業務に携わる。近年では異常予兆検知技術を用いたデータ分析やAIを活用したネットワーク評価業務を中心に取り組んでいる。

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このコラムは、NTT-ATのデータサイエンティストが、独自の視点で、AIデータ分析の技術、市場、時事解説等を記事にしたものです。
次回は2026年1月13日にお届けする予定です。「医療×生成AI」について掲載予定です。

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