【第10回】確率分布を利用した太陽光発電量低下検知技術
太陽光発電における発電量低下検知技術の必要性と課題
太陽光発電システムの普及に伴い、保守/運用に関する人手不足が問題となっています。特に、監視による発電量低下検知のコストは大きいため、自動化が必要とされています。
発電量低下には多様なパターンが存在します。たとえば、太陽光発電システムの全体が停止する故障や発電パネルの一部が破損する故障です。太陽光発電システムの全体が停止する故障のように、大幅に発電量が少なくなる発電量低下の検知は容易に行うことができます。一方で、発電量の低下が少ない故障の場合には、天候等の別の要因による低下と故障による低下を区別することが非常に難しいです。発電損失を考えると、発電量の低下が少ない場合では短期的には発電損失が少ないですが、検知されないまま放置された場合には長期的にみると大きな発電損失を発生させます。ご紹介する技術は、発電量の低下が少ない場合をターゲットとしています。
提案する発電量低下検知技術
発電量低下検知技術についてご紹介いたします。まずは、当技術のコンセプトとどのような発電システムを導入対象としているかについて説明し、次に具体的な電量低下検知技術の手法についてご紹介いたします。
技術のコンセプト
まず前提として、日射量計が太陽光発電システムに搭載されている場合は、日射量から発電量の予測が可能となります。そのため、日射量からの発電量の予測値と実際に太陽光発電システムで発電された発電量との差を見ることで、精度よく発電量低下検知を実施することが可能です。
ただし、日射量計が搭載されていない太陽光発電システムも存在します。今回提案する発電量低下検知技術ではそのような太陽光発電システムでの発電量低下検知を想定しております。技術開発する際に、次のようなコンセプトを定めました。
- 低下検知には発電量のみを利用
- 小規模な発電量の低下を検知
- 日変動や季節変動のある発電量から本質的な発電量低下を検知する対象ごとにデータを収集し学習させることはせずに、技術導入コストを抑制
コンセプトにあるように、低下検知を発電量のみから実施することによって、日射量計等の設備による条件をなくし、導入しやすい技術としました。また、大規模な発電量低下の場合には総発電量からの検知が可能であるため、本技術では15% 程度の小規模な低下検知を目指します。小規模な低下検知を行う場合には天候の影響が課題となってきます。例えば、晴れた日と曇りの日を比較した場合に、曇りの日の発電量は晴れた日よりも15%程度減少することは十分考えられます。このような天候による影響をできるだけ切り分ける必要があります。
大規模な太陽光発電システムの場合には日射量計等の設備が備わっている可能性が高いです。一方で、小規模な太陽光発電システムでは日射量計が設置されていないことが多く、日射量を利用した低下検知は利用できません。近年、小規模な太陽光発電システムは増加しております。設置して日が浅い太陽光発電システムには過去のデータが十分にないことが考えられます。過去のデータが十分にない場合には、大量のデータを学習に利用するDeep Learning 等を利用して対象の発電システムごとに低下検知AIを作成することは難しいです。そのため、当技術では対象の太陽光発電システムに膨大な過去データがなくとも、他の太陽光発電システムのデータを活用して低下検知が可能な手法となっております。
本技術の導入対象
本技術の導入を想定している発電量システムは、監視もメンテナンスもされていない太陽光発電設備です。このような太陽光発電設備は低圧設備に多く存在します。この対象を想定している理由は、設備監視や定期的メンテナンスが実施されている設備や日射計と発電量を監視している設備では、既に多くの場合で発電量低下の検知システムが動作しているため、本技術による低下検知は不要となります。更に、太陽光発電設備が低圧の場合には、監視もメンテナンスもされていない設備が多く、発電量が低下しても検知ができずそのまま放置されている傾向にあります。また、日射計も設置されていないことが多いため、日射量を活用した検知技術も導入することができません。
確率分布を利用した低下検知
コンセプトの内容を達成するために、確率分布を利用した発電量低下検知を開発しました。開発した手法について詳しく説明するまえに、扱うデータについてご紹介します。分析対象としている発電量データは、検知対象ごとの発電量データとなっており、30分や1時間などの一定間隔で発電量データが取得されている想定です(図1)。実際のデータでは欠損値が存在しますが、そのような場合には適宜データの補完を実施いたします。
図1
本技術では特定の時刻ごとに処理を行い、統合して判定を実施します。例えば12:00のデータを1か月分集めて1つのデータのサブセットとして扱います(図2の左から中央)。サブセットごとに確率分布を推定します(図2の中央から右)。確率分布は、データが取りやすい値を表現した関数である確立密度関数を利用して表現できます。発電量データでは、発電量がどのような値をとりやすいかが表現されます。図2の右側にあるようなグラフで表現できます。グラフの盛り上がっているところは値をとりやすく、逆に下がっているところは値が取りにくいです。図の例では、12:00のデータから確立密度関数を考えているので、12:00に200付近の発電量はとりやすく、50付近の発電量は取りにくいことがわかります。確率分布を利用することで、観測された各発電量を単体ではわからなかった、サブセット全体の傾向を把握することができます。この確率分布を利用することが、コンセプトに沿った発電量低下検知技術のポイントです。
図2
発電量低下検知の初めのステップは、一時的な天候等により低下しているデータの削除です。1日の発電量をそれぞれの時間の確率分布に当てはめることで、確率分布的に取りにくい値をとっている日なのかをスコアとして算出することができます。図3の例では、12:00の発電量は200付近であり、確率分布も大きな値をとります。一方で、図4の例では、12:00の発電量は75付近であり、確率分布は小さな値をとります。発電量と確率分布の値が小さい場合には、天候等による低下である可能性があるため、発電量低下検知を行う際には利用いたしません。図では12:00の例を示しておりますが、実際には各時刻を統合して判断します。
図3
図4
次のステップでは発電量低下検知を実施します。まず、過去データを利用して2つの確率分布を推定します。1つが、正常時の確率分布です。正常時の確率分布は同じ発電システムの過去データから推定します。推定の際には対象の発電システム以外からもデータを取得し、推定精度向上のための補助に利用します。もう1つの確率分布が低下時の確率分布です。対象サイトが過去に低下していることはほとんどないため、基本的に低下時のデータは観測できません。そのため、低下時の確率分布は正常時のデータから推定します(図5の左側)。低下時の確率分布は、正常時の確率分布に比べて平均と分散が小さくなる傾向にあります。次に、推定した正常時の確率分布と低下時の確率分布に対して発電量低下検知対象のデータの類似度を確認します。類似度は低下検知対象のデータを正常時の確率分布と低下時の確率分布に当てはめた際の当てはまりの良さを利用します(図5の右側)。確率分布は時刻ごとに算出していますので、時刻ごとの類似度を統合します。また、発電量低下検知を行う際には複数日の統合した類似度をさらに統合します。統合した類似度から、正常時の確率分布と低下時の確率分布のどちらにより当てはまっているかを判定し、その判定結果より発電量低下検知を実施します。
図5
図5
おわりに
上記の技術により、日射量計を設置していない発電システムでも導入することができ、小規模な発電量低下が検知可能となります。また、確率分布を利用することで、Deep Learning 等を利用する場合に比べ、検知対象の発電システムの大量の過去データや低下時のデータがなくとも低下検知を実施できます。
執筆者
NTTアドバンステクノロジ株式会社
デジタルAI事業本部 クロステックビジネスユニット
嶋村 海人(しまむら かいと)
略歴
統計学からディープラーニングまで幅広い技術を活用して、技術検証や開発業務に従事。
入社後に博士号を取得
統計学からディープラーニングまで幅広い技術を活用して、技術検証や開発業務に従事。
入社後に博士号を取得
AIデータ分析コラム
このコラムは、NTT-ATのデータサイエンティストが、独自の視点で、AIデータ分析の技術、市場、時事解説等を記事にしたものです。
※本コラムの著作権は執筆担当者名の表示の有無にかかわらず当社に帰属しております。
AIデータ分析シリーズ
- ソリューション
- パッケージ(Spotfire、TIBCO製品)
※DeAnoSは日本電信電話株式会社の登録商標です。
※当社とNTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション(株)は、Spotfireの販売契約を締結しています。
※TIBCO、Spotfireは、Cloud Software Group, Inc.の商標または登録商標です。