あらゆるフィールドに可能性が見える、確かな成長は自ら挑戦する志とともにある。

CAREER STORY

あらゆるフィールドに可能性が見える、
確かな成長は自ら挑戦する志とともにある

手探りの状態から独力で開発に取り組んだ日々。そこから広がり磨かれたエンジニアの腕と誇り

学生時代、私はプログラミングに興味があり、将来はソフトウェア開発の仕事に従事したいと考えていました。また当時は、音声認識の研究をしており、その研究が生かせる分野にも興味があり、就職活動では電話などの通信事業を中心に広がっているNTTグループに注目していました。そのなかでNTT-ATは、NTTグループの事業やサービスを支える技術集団であり、多くの商材を扱っているので、私もいつか何かの商品化に携われるのではないかという期待があり入社を決意しました。

いまでも忘れられないのは、入社後にメディア技術の部署に配属になったその日のこと。Windows3.1用音声処理ソフトの「音声工房」の開発を任されたことです。この案件は、当時のNTT-ATがNTT研究所の試作として内製で新規開発したものでしたが、特にプロジェクトチームがあるわけではなく、なんと新人の私がプログラムコードを書いて開発していくという環境でした。

鈴木博和 / 1995年入社 アプリケーションソリューション事業本部 情報機器テクノロジセンタ

鈴木博和 / 1995年入社
クラウドソリューション事業本部
コア技術ソリューションビジネスユニット

私が入社した1995年はWindows95が出た年です。当時、私は大学ではUNIX環境だったのでWindowsにも触ったこともなくアプリケーション開発は初体験だったので、何から手をつけていいのかも分からない状態でした。「本当に私がやっていいのか」「いや最初からこんなチャンスはなかなかない。絶対にやってやろう」という思いが交錯しつつ、何もかも手探り状態でのスタートでした。そのなかで上司からは「開発ツールも何でも自由に選んでいいよ」という話があり、最新のツールを自分で見つけ、さらに自宅にも開発環境を作って、なんとか独力で開発を進めていきました。

最初は「お前ならできる!」と乗せられて取り組んだのですが、やってみると初めてのことばかりで苦労の連続でした。しかしある日、開発過程の試作を上司に見せたとき、「よくできているね!」と誉められ、そのときは涙が出るほど嬉しかったことを覚えています。毎日、迷いつつも自分の力で目の前の壁を一歩ずつ乗り越えて前進できた日々。いま思えば、とても楽しく充実していました。その後、無事に製品として発売にこぎつけたときは、まさに感無量の一言です。

個の成長から、組織の成長を担う立場へ。そこで出会ったチームを率いる難しさと喜び

エンジニアとして「まずやってみる!」

エンジニアとして「まずやってみる!」

私は、その後も「音声工房」や「話速工房」といった音声系のソフト開発に約10年間携わっていましたが、2005年にそれまでとは違う映像系の「視線測定」のソフト開発に携わりました。この技術はNTT研究所とともに開発に取り組んだのですが、私にとっては音声系も映像系もソフトウェアの可能性を広げる技術なので、この期間も興味の尽きない楽しい毎日でした。

そして2008年からは、情報機器テクノロジセンタでNTTグループの提供するサービスで、携帯電話に搭載されたGPSによって自分の行動をデータに残せる「ライフログ」の開発を担当しました。ライフログは、現在では広く普及していますが、私たちが開発した当時はまだまだ挑戦的な取り組みで、私自身がエンジニアとしてまた一つ成長できたという実感があります。

そしてその翌年からは、ソフトウェアパッケージを開発する部署に異動し、地方自治体の議会議事録の検索・公開を支援する「Discuss」の開発チームのプロジェクトマネージャーを任されました。このシステムはNTT-ATが独自に開発・展開しているもので自治体向けの議会支援システムとしては国内トップシェアを誇っています。私たちの使命は「Discuss」の機能性をさらに拡大させ、ソフトウェアとして使い勝手を良くしていくことでしたが、当初はチーム一人ひとりの業務内容を理解して調整することの難しさに直面しました。

私はそれまで2~3人の小規模なチームで、自分でプログラムコードを書き、開発から製品化まで同じメンバーで、技術を通してあうんの呼吸で仕事をしてきました。
しかし「Discuss」開発チームでは10~15人のスタッフ、さらに協力会社の人たちとも緊密に連携し、心を一つにして取り組んでいかなければなりません。私は、そういったチームの意識統一を図るマネジメントを苦手にしていました。

スタッフには開発だけでなく営業や運用に携わる人もいて、各々がそれぞれの立場で動いています。そういったチームのコミュニケーションは当然技術の話題だけに留まりません。お互いの悩みや課題を徹底的に話し合い、支え合わなければプロジェクトは上手く回りません。「一人ひとりにどう接し、どう伝えれば納得してもらえるか…」リーダーとして、悩みながらもメンバー一人ひとりとコミュニケーションをとるうちに、徐々に成果が上がっていったのです。そのとき、私はメンバー全員が協力し合い、お互いのスキルが最大限に発揮され生まれる力の大きさに感動しました。

鈴木博和のある一日

鈴木博和のある一日

社会に一つでも多くの製品やシステムを届けられるよう、自らチャレンジし道を切り拓くエンジニアを育てたい

現在は「Discuss」から離れ、また情報機器テクノロジセンタに戻り、プロジェクトマネージャーとしてAndroidアプリケーション開発などに関わり、開発の現場からは一歩下がった立場でメンバーの仕事を見守っています。

しかし私自身は、いまでも“生涯エンジニア”という思いで働いていますし、彼らを刺激する意味でも技術という共通言語を通して、これからも対等に話せる関係でいたいと思っています。若手、ベテランの壁を超えて一人のエンジニアどうし、最新の技術の話ができる環境がベストだと思います。現在NTT-ATで扱っている技術分野はものすごく広く、NTT研究所とも関係が深いので、若く優秀なエンジニアたちがどんどん新技術を吸収しています。その結果、NTT-AT独自のノウハウもどんどん蓄積され、市場に向けた提案もできる環境が整ってきているので、彼らが活躍できる場は今後ますます増えていくでしょう。

私は、エンジニアとして「まずやってみる!」ことで成長してきました。だからこそ、若い人にも自分からどんどんチャレンジできる環境を作っていきたいと思っています。だれもがまだ経験していないテーマでも、まずチャレンジしてもらう。その上で、行き当たる課題には「皆で考えてみよう」ということで勉強会のようなものも始めました。

メディア技術部に配属

音声処理ソフトウェア「音声工房」の設計・開発を手掛ける。 以降、NTT研究所とともに数々の研究試作ソフトウェア開発を手がけ、音声処理に関するソフトウェア開発スキルを磨く。

これまで培った音声処理に関するソフトウェア開発スキルを応用し、話速変換ソフトウェア「話速工房」の開発を手がける。

ソフトウェアパッケージ
ビジネスユニットに異動

議会向けASPソリューション「Discuss」の開発を通じ、規模の大きな案件のプロジェクトリーダーを担当。

情報機器テクノロジセンタに異動

Android系の音声アプリケーションの開発、マルチデバイス連携システムの開発にてプロジェクトリーダーとしてプロジェクトを管理。

鈴木博和のキャリアステップ

初めは若いエンジニアたちにどれくらい受け入れられるかという不安はありましたが、皆が積極的に取り組んでくれて、いまでは年に40回も開催されるようになりました。最初は初心者向けだった内容がどんどん専門的になり、いまではこうした活動が会社にも認められ、全社から参加者を募って新技術取得をする取り組みとなっていますが、それも若い人が自分たちから積極的に学ぼうと頑張った結果です。NTT-ATの社員には、こうした自発的な向上心がDNAとしてあるのです。

NTT-ATには、私のようないろいろな技術体験を持ってプロジェクト全体を見る人もいますし、プログラミング一本でキャリアを積んでいる人もいます。プログラマーでもSEでも、ITのインフラ基盤からネットワーク、システム、ソフトウェア、アプリケーション開発などのあらゆるフィールドに道がある。そのなかで、私は得意分野の音声系ソフト開発から始まり、初めて挑戦する技術にも数多く触れることができました。エンジニアとしては、毎日の業務をこなすことで精いっぱいの日々もありましたが、自分の想像以上のキャリアを積めていると思っています。

私たち開発者の最大の喜びは、自分たちが作った製品やシステムが世の中に出て「あれは私が作ったんだよ」と言えることです。私は、自分自身がそう言える仕事に出会い今日まで成長できたことが何より嬉しいし、この喜びを次の世代に伝えていきたいと思っています。

※記載の文章は取材時点のものです。